●墨淡の日々 其の参
ここで新製品の割にはあまり自慢されることの少ない
と言っているあいだに生産中止となったモノクロ・ハイレゾ機
PEG-T400の愛しさについてさらにドロドロに語ってみた。
3−1.出会い それは2001年の梅雨の頃の話しである。職場で愛用していたグラフ機能付関数電卓(かつてグラフ機能は地下水の集水路のポンプを設計するのに近似解を出した力業も演じた)の液晶が縦一列にビット落ちしたのを機会に、新しいのに買い換えようと上司に相談したら「2万円の関数電卓?もっと安いのにしなさい」とすげない返事。これまでも自分の気に入った関数電卓を自腹で購入してきたので、広幅液晶タイプを捜してみると(そのころは)もはやほとんどが品切れ状態。トホホ…である。と言って、プログラム機能をほとんど使わない自分にとってポケコンは重たい荷物に思えた。 それならいっそ値下がりしたザウルスなど…と思ってヨドバシカメラに行ったのが束の間、なんと関数電卓付のVisor Edgeが並んでいるじゃありませんか。Graffitiの独特な入力は判らなかったが、今までのどのコンピュータのイメージと違って、ほとんど電卓のようにテキパキと反応する。このとき広幅液晶+関数電卓+電子手帳=アルミボディ(…全然答えになってない)に見初められて、パームに出会ったのでした。 結局、パームの安売り攻勢の口火を切ってEdgeの半額になったPlatinumを購入した≪(^_*)\バキッ≫が、一番最初に入れたアプリがFuncCalc(関数電卓アプリ)だったことは言うまでもない。しかしPalm-OSデバイスは見掛けは非常にシンプルでありながら活用範囲の広い小型端末でもあった。肌身離さず持ち歩ける、ほんとうに自分のためだけのコンピュータが手に入った喜びはとても大きいものだった。 そうこうしているうちに、米ソニーより薄型機種 CLIE T415が発売されるということで、モノクロ・ハイレゾ液晶とスタイリッシュなデザインに圧倒された。Palm Vxに続く本当の意味での手帖型コンピュータの出現に興奮した。ところが実際に日本で発売されたときにはカラー液晶のT600と一緒の発売になり、ちょっと様子見でいろいろなサイトでのレビューを眺めていた。液晶が暗くて見えにくい、モノクロなのに動作が遅い…これがT400の下馬評であった。それならT600を購入しよう…もしくは値の下がったN600Cという手もあるかな…そう思って出かけたのは12月も末のことだった。 反応が早いと前評判のT600のほうは画面の切り替えが蛍光灯のようにパチパチして、なんだか早く早くと咳かされているような緊張感が走っていた。(画面のチラツキはハイレゾ→ローレゾの判断を瞬間的に行うときの画面切り替えらしい。)個人的な感想として、ただ忙しいのを祭のように持ち上げるヤッツケ仕事に好い印象をもっていない私にとって、それは肌身離さずというよりは敬遠する所作のものだ。これを眺めて生活するのはほぼ無理である。 後程T400の故障(ROMを飛ばした)でT650を購入したときに気付いたのだが、バックライトを備えたカラー液晶はリフレッシュシート(画面周波数)の兼ね合いで調整していないパソコンモニターのようにチラツキの微妙に出ることも、画面をじっと眺めたときの緊張感に繋がっていたように思う。反射型のモノクロ液晶では、そうしたチラツキはほとんどみられない。コンピュータ(電算処理機)なのに見ていて時間が止まったような感覚…それがパームを使っているときの安心感にも繋がっているようだった。ただし普段バリバリにCADで製図している人間の感性なので当てにはならないが…。 |
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一方でT400は表示精度の切り替えによって液晶がもたつく現象は一層顕著だった。しかしT400のウットリとウィンクするような画面切り替えは、昔のモノクロ映画を観るような高貴さがかえって感じられた。そっと浮かび上がるハイレゾ液晶の繊細な文字は、長回しでクローズアップされたマレーネ・ディートリッヒの真っ直ぐな瞳のようで…ついつい見入ってしまうのである。こういうパームも在ったのかと、吸い込まれるように見とれていた。画面が現われるまでほんの1秒あるかないかの遅れだが、私にとっては心地よい呼吸なのである。それは決してため息にはならない、静謐な時間のなかで語り掛ける直前に息を吸う、あの気持ちがすぅーと通じ合う瞬間に似ているように思えた。 T400にしようと思って、箱が無造作に置いてあるショーケースを眺めていると、限定のブラックモデルが数個置いてあった。迷わず黒クリに決めて持ち帰った。 |
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3−2.シンプルに 以前Visorを使っていてひとつだけ悩みがあった。機能拡張を行うスプリングボードの存在である。それはソニーのVAIOノートを使っていたときにも感じたのだが、VAIO用にカスタマイズされたソニー製の家電(デジタル・ビデオ、MDプレイヤー、etc)を多く揃えることで、優れたマルチメディア・パソコンにグレードアップできるのだが、逆にいえば相当な投資をしなければ、プリインストールされたソフトの大半は満足した性能が得られないというジレンマに陥っていた。(加えて価格競争のない専用機器は値引きなど全くない状態である) さすがにVisorの販売元であるHandspring社には、何がなんでも自社製品で固めるというワガママさはなかったが、拡張モジュールの価格が高くておいそれと手が出なかった。4〜5種類のスプリグボードを買おうものなら、パソコン1台買えてしまうくらいの勢いである。パソコンのほうはすでにIBM社のThinkPadに乗り換えていて、基本性能をシンプルに使いきる良さを知っていただけに、Visorにはオールイン・ワンという理想の端末像からズレた印象を抱くようになっていた。とは言いつつ、実際にはバックアップ&メモリ・モジュールしか買わなかった自分にとって、メモリを節約してコンピュータをシンプルな使い方でまとめる方法を教えてくれたのはPalm-OSデバイスであった。Visorに抱いた憧れと挫折は、Palm-OSとの付き合い方というものが、まだあまり判っていないときの印象でもある。 Visorから乗り換えたCLIE T400にもソニー製品ならではの賑やかな周辺機器が用意されていた。しかし数々のメモリースティック・モジュールにしても、T400で使うには動作が重たそうな感じがしたし、Visorでの反省があるので結局通信アダプターしか持っていない。(メモリースティックを周辺機器と呼ぶべきかは不明。それだけ付いてて当たり前のものになっている) 事に最近ではインターネットもパソコンに赤外線接続して天気予報などの情報を得るくらいで、ほとんど使っていない。黒く沈んだ深絞りのアルミニウムボディの出で立ちには、周辺機器は野暮にみえて似合わないようにも感じる。 |
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T400においてはアプリのインストール後に、ハイレゾで使えるものと使えないものとをSwichDashでキッチリ分けておかないと、オプション画面が真っ白になることもままあることで、アプリの設定が安定しない初期の段階ではFatalエラーで強制リセットになることも多かった。いわゆるジャジャ馬なのである。しかしこのアプリの振り分けが一段落すると、ローレゾでのアプリの表示は充分に速いことが判ったし、未知の長文を読むときにはハイレゾという拡張機能の恩恵に与れることを考えると、凡てのアプリがハイレゾ対応でなければならないというよりは、いずれかの好いほうを選んで使い分けるという選択肢があるという理解に落ち着いた。しかしながらハイレゾ拡張機能の動作情況を理解し各アプリを管理しつつ使い続けるということは、正直なところT400はとても手の掛かるデバイスでもある。結果、それら諸々がT400を特殊な端末であると感じる理由になるのではないかと思う。 もともとPalm-OSは高機能が売りではなかったので、昔のアプリほど容量は小さく操作が単純で動作も速いという三拍子揃ったアプリが多いのは確か。これらをT400上でハイレゾ対応の高機能アプリと並べて使うのは、パームの歴史を鳥瞰(ちょうかん)しているようでなかなか愉快でもある。これは逆にいえばPaln-OS用のアプリが、他のOSから見て機能的に単調な印象をもつ一端なのかもしれない。ルビ付で長い文章が読める…メールのやり取りができる…エクセルが使える…どれも今のパソコンのレベルでは他愛のない機能ばかりである。しかしこれらが、どこでも、サッと、好きなときに、等々の無条件の使用を視野に入れたとき、携帯端末の本当の魅力がみえてくるのではないだろうか。なので実際にPalm-OSデバイスは機能よりシチュエーションを大事にするコンピュータでもある。逆に言えば機能がシチュエーションを拘束することなく、携帯できる親密さと操作の軽快さが行動にフリーな空間を作りだして、人間の側で考えて選ぶ自由を与えてくれたような気がする。 T400で得られたローレゾ+ハイレゾ、ROM+メモリスティック…こうした機能拡張の方向は、OSの基本機能をいじるので、デバイスの安定度の確保が多少難しい面があるが、結果として扱いはシンプルにまとまっているのではないかと思う。 |
![]() RonDoでクルクル回すPalmの歴史? (クリエを乗りこなす三種の神器) |