会衆讃美の世界
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海外宣教協会とバンド

 キリスト教を熱心に学んだのはかつての武士階級の人々で、宣教ミッションのてこ入れをもって教育や医療の関係で活躍することになります。薩長連合の人々が官職として政財界に進出するのとは対照的に、身を持ち崩す武士たちの多いなかで、旧藩士は各地でバンドを結成し、西欧文明の知識を率先して吸収し時代を切り開こうとしていったのです。その中でキリスト教に出会い牧師として活躍する人も輩出されていきました。当時の宣教でミッションが入り込めるのは都会の商業地域が主であり、当時の人口比率で圧倒的に多い農民層への伝道の足掛かりを作ったのは日本人の牧師たちでした。

 当時の礼拝はアメリカでの信仰覚醒運動の余波で、説教を中心に式文はほとんど簡略化された自由教会(free church)のスタイルをもっていました。宣教師の補佐として日本人信徒が司会に立つ場合があり、信徒司会者は日本のプロテスタント教会の伝統になっています。また欧米では活躍の場のなかった女性宣教師の多かったのも特徴で、主に女子の教育機関で活躍しますが、そのなかから牧師を目指す女性も少なくありませんでした。日本での女性牧師の伝統は世界をみても最も早く、また最も問題の少なかった例でもあります。アメリカにおける多種多様な教派の影響下で教会間の小競り合いが起こるのはよろしくないということで、日本において合同ミッションの形態をとる方策がもたれ、長老派と会衆派が中心になって日本一致公会を形成します。これは後に日本基督教会としてミッションから独立した歩みをもつというアジアの他の地域とは異なる道を選びました。


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