会衆讃美の世界
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キャンプ・ミーティング(独立戦争以前)


キャンプ・ミーティングの様子
説教壇の櫓が組んである


 18世紀中頃から始まるアメリカでの信仰覚醒運動は、ジョナサン・エドワーズの辛辣で熱意のある説教によって、ピューリタンの求める回心体験を驚くほど引き出すことに成功します。しかしその影響はボストン周辺地域の会衆派教会に留まっていたものでした。

 やがてその波は西部の開拓地域へと波及していきますが、キャンプ・ミーティングは18世紀後半から19世紀前半において、アメリカの開拓民が共有した宗教的なセレモニーでした。ミーティングというと、とかく臨時のものと思われがちですが、会衆派教会では礼拝堂をミーティングハウスと言いますから、これは野外の宿営地での礼拝と教会組織を指したものでした。実際にスコットランド長老教会の認識では、キャンプ・ミーティングは洗礼と聖晩餐を頂点とする方向性をもたせるもので、いわゆる欧州での教区制の教会からはみ出してしまった開拓民の精神的な結束をも促すものでした。リヴァイバルとはかつて制度化されていた信仰への帰属を開拓民に促すものだったといえましょう。

 初期における讃美の手法はライン・アウト唱法であったと思われますが、次第に曲の後ろに同じ歌詞のリフレインを付けて復唱させる方式をとりました。その後イギリスにおけるメソジスト運動の影響により、讃美歌に活き活きとしたリズムが取り入れられるに及んで、至るところで讃美歌の節が唄われるようになりました。当時はこうした歌の先導を専門にする伝道歌手もおり、ベテランの歌手には初期のブロードサイド・バラッド調の讃美歌(Wondrous Loveなど)を印象深い讃美歌として挙げる人も居ました。面白いことに復唱のために書かれるリフレインのメロディは、ほとんどがピューリタンが好んだ甲高い調子を持つ節で、アメリカ的な意味での信仰を確認する際の文化的な継承が明らかになったのでした。


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