会衆讃美の世界
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ルネサンス期の家庭楽器


リュートを弾く少年
スピネッタ、リコーダー、ヴァイオリン
 この時代のアマチュアで流行した家庭音楽は、次の時代のオルガン芸術を語るうえで非常に大きな役割を演じます。楽器としてはポジティーフ・オルガン、ヴァージナル、リュートなどが多くの挿絵に残っていて、ほとんどは流行歌や踊りをイタリア風にアレンジして演奏していたようです。このように音楽を楽器特有の身分制に区分けしないで一様な響きに抽象化するメソッドが器楽演奏の主流に迎えられるのです。この時代のチェンバロ属はいずれも小型で、スピネットあるいはヴァージナルと呼ばれていました。スピネットは最初イタリアで生まれ、その後イギリスで大流行した後、低弦の豊かなヴァージナルに改良され、フランドルに多くの工房をもつに至ります。イギリスではヴァージナルの後に更に改良されたスピネットが量産され、17世紀末に至っても人気の衰えることはありませんでした。イギリスでのヴァージナル音楽の流行はオランダにも波及して、フェルメールの絵画に出てくる他、Sweelinkのようなオルガンの大家にも演奏技法のうえで影響をあたえました。やがて詩篇歌やコラールの本格的な変奏曲が生まれるまでには、それほど多くの時間は掛かりませんでした。こうしてヨーロッパ中の都市で商人の勃興するなか、家庭という場は当時のトレンドを動かす原動力にもなったのです。ドイツ・コラールもオルガン以外にリュートやヴァージナルで演奏してみると少し変わった見方ができるかもしれません。

 家庭音楽は個人が楽しむ以外に、仲間内でアンサンブルすることもありました。ルネンサンス期の多声部で書かれた声楽曲を合奏するのに用いられた楽器にヴィオールやリコーダーなどがあります。この同族の楽器同士で組むアンサンブルはホール・コンソート(英whole)と言います。異種の楽器を組合わせるものをブロークン・コンソート(英broken)と言い、一般に室内楽といえばブロークン・コンソートの発展形を指すように、イタリアでのコンソートはそのままコンチェルト様式に例えられるように発展していきます。ルネサンス期のイタリアではフランスの歌謡的で融和的なスタイルがまだまだ好まれました(このことは後にフランスがイタリア様式を再輸入する際にブフォン論争として発展します)。コンソートにはパヴァーヌやガイヤルドのような舞曲に加え、イギリスではアンセムといった聖歌のアレンジも同時に好まれました。ホール・コンソートでの演奏はハーモニーの解け合いが良くアマチュア演奏家には人気のあったものです。楽器としてのリコーダーは日本で教育用楽器として普及してますので馴染み(腐れ縁?)のある人も多いことでしょう。

 リコーダーも他の楽器と同様にバロック期にソロ楽器として改良をうけましたが、古典派以降にチェンバロやリュートと同様に忽然と消えていきました。ルネサンス期のリコーダーは、イギリスのヘンリー8世の愛好ぶりが知られており、ドイツではリコーダー・コンソートについて16世紀初頭の理論書のなかに記述され、南はバーゼルから北はヴィッテンブルグまで広く知られていました。この時代は主に4声部のイタリア風の世俗歌謡や舞曲を演奏していたようで、現在残されている楽器から推察するとイタリアの工房で造られたものが主流だったようです。

 H. F. Kynsecker(1636−1686, Nürnberg)作のリコーダーは時代が下って1670年頃に製作された楽器です。特徴としては吹き口のウィンドウェイは薄く長いアーチ型でバロック型と似通っていますが、下部の導管はシングル・ホールでかつベルが末広がりになってルネサンス型の特徴を有しています。このことにより高音域でのコントロールのしやすさと、低音域で太い安定した音を出すことが両立できます。この楽器の製作された17世紀後半で興味深いのは、既に同じニュルンベルクの職人のDenner(父)などがフランス式の近代的なバロック型リコーダーの製作をはじめている時期で、Kynsekerはやや時代遅れの懐古的なスタイルで製作されたものであることが判ります。一方で16世紀のコンソートがアルト+テノール×2+バスの組合せなのに対し、このコンソートのオリジナルは2本のソプラノを含んでおりバロック時代のアレンジも意識して造られたことが伺えます。

 この時代の移行期の楽器をTransitional instrumentsという分類で呼ぶことがあり、リコーダーでは他にヴェネツィアのBssano一家やコペンハーゲンのRosenborg城のvan Eyckモデルなどが該当します。このバロックでもないルネサンスでもない折衷的な構造と音質は、17世紀初頭に活躍した Praetoriusや van Eyckなどの後期ルネサンス〜初期バロックを橋渡しした作曲家の演奏に適合するのは間違いなく、さらに少し時代をさかのぼって16世紀後半のVulpius、Nicolai、Haslerなどのコラール作家や、多声音楽に編曲されたジュネーヴ詩篇歌などをコンソールで演奏するのにも向いています。一般にプロの演奏家が使うGanassiモデルが16世紀初頭のスタイルながら音程のコントロールが難しく、アマチュアにはむしろKynsekerモデルのようなものがより一層使いやすいように思います。


 ♪アルト・リコーダーでのルター作 詩篇130
  Kynsekerモデルでの演奏です。倍音が多く明るい音調であることが判ります。



 こうした融和的な価値観のなかで練られた演奏法は、16世紀後半にいたって一種の人文主義的な思索の対象になりました。つまり様々な風俗を背負った音楽が均一な楽器のパレットにおかれることにより、機会音楽が背景にもつ風俗そのもののリアリティよりも通観的な視座で音を聴く(鑑賞する)ことになるからです。こうした模索が続いたあとに異種の楽器がそれぞれの特徴を持ちつつも融和的に響く演奏法が生まれることになります。17世紀にオルガンはルネサンス期のオルガンにストップを増設し、各ストップをコンソートのまとまりで捉え対比させるようになります。17世紀に入ってドイツに突如として現われるオルガン曲の数々は、こうした家庭楽器での試行錯誤を経て熟成されたものが活かされているということがいえると思います。

 一方で一度コンソートによって均質に整えられた後の時代から16世紀の讃美歌を達観すると、かえって元の身分制に彩られた文化的背景を判りづらくしている面もあります。更にはリード・オルガンが非常に多く使われた日本においては、讃美歌編纂の背景に楽器の特性が加味されているように感じます。面白いことに明治以来から日本のプロテスタント教会で良く使われているリード・オルガンには、大元のフランスのハルモニウムが管楽器主体のストップを集めた鼓笛隊のスタイルを真似ているのに対し、米国での改良を経てヴィオール・コンソートの名残が付け加えられています。英米の文化的な流れのなかでハーモニーについて何を基準に考えていたかのひとつの考察になりえるかもしれませんし、日本の聖歌史の伝承を考えるうえでも重要な礎であると思います。逆にヨーロッパでの最近の傾向を受けて宗教改革時代の讃美歌を初期の楽譜で再現しようとする場合には、16世紀後半での試行錯誤をもう一度繰り返して再構築していく必要があるように思います。


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