会衆讃美の世界
Home > 宗教改革と会衆讃美 > 家庭音楽と器楽演奏(2)
宗教改革時代のオルガン

 オルガンは中世を通じて音楽理論を体現する思弁的な楽器として知られていました。そのためか15世紀のカトリック教会では聖歌隊の代わりにオルガン演奏で済ますオルガン・ミサというスタイルも多くみられます。フランドルの作曲家による多声モテットもオルガンで演奏されました。当時の聖歌隊は、寄進による私的なミサが一年を通じて週日に4度あり、朝には托鉢のため聖歌を歌って周り、夕には聖務日課のレスポソリウムを歌うという多忙さでした。そのため少人数でも応唱のできるオルガン・ミサは必要不可欠でしたし、ミサの形式的な側面を助長したのかもしれません。そのこともあってか宗教改革時代の初期には、オルガンはカトリック典礼を象徴する楽器として破壊されたり使用禁止にされたりしました。これに対抗してトリエント公会議は会衆讃美を含む世俗的な聖歌の禁止と共にオルガン・ミサの容認を行います。

 そんなこともあってプロテスタント教会がオルガンで会衆讃美の前奏を即興演奏するようになるのは第三世代の16世紀末のことでした。それまでの半世紀の間にオルガンは多段のストップ(音栓)を持つ楽器に改造され、一種のオーケストラのようなアレンジが施されるようになります。しかし17世紀半ばにあっても華麗なオルガン前奏曲が会衆讃美を黙らせてしまうと批判する書物も出てることから、教会毎の対応で異なってくるというのが一般的な考え方と思います。あるいは宗教改革初期に確立されたヴァルター以来の四声部のカンツォナーレ様式が全体としては好まれていたことは、バッハ編曲の膨大なコラール集からも推察されることでもあります。これらは即興で演奏されたり作品と見なされなかったりしたものなので、演奏スタイルが作曲当時のまま伝わるということが難しいものです。演奏スタイルがはっきり判るのは初期バロックの演奏スタイルが確立する16世紀末ということになります。それまでは礼拝や家庭、そして学芸の対象として比較的自由なスタイルでコラールを楽しむ傾向があったと考えられます。


NEXT→]