資料 伝承史的方法と神学

ワルター.E.ラスト
「旧約聖書と伝承史」より
訳:樋口進


 伝承史的方法によって、神学的な重要性についてさらに二つの考えが明確な焦点となった。第一に、伝承史研究は、旧約における啓示の理解に影響を与えたということである。啓示は、イスラエルが想起する過程そのものである。なぜなら、想起することにおいて、イスラエルの本質が絶えずイスラエルに明らかにされるようになるからである。過去の重要な出来事を再現する歴史的な記憶によって、イスラエルは自分たちの生の根拠と召命の意味について確認したのである。それと共に第二に、啓示との関わりと共に、旧約の共同体の形成とその存続において伝承の果たした役割がある。告白を絶えず要約することによって、共同体が(やはり啓示の力がその特徴である)新しい時代と経験に移ることができた、ということを、伝承史的な吟味はその独自のやり方において明らかにするのである。そのように、啓示と伝承と共同体は、行いと力に影響を及ぼす三つのものになったのである。
 神学が現在における信仰の意味を解釈しようとするときに直面する諸問題に関するそのような議論には、かなりの重要性がある。一方で、神学はその時代の文化に影響を与えている非常に多くの力と対面しなければならない。同時に神学は、過去の共同体から受け取った告白がやはり重要であるか、という問題を扱わなければならない。そのように、過去の告白と現在の挑戦は、お互いに緊張関係になっているのである。
 この点で神学は、神学の分野以外のいろいろな学者に助けられている。例えばハンス・ゲオルク・ガダマー(Hans-Georg Gadamer)は、知識一般の問題に関して伝承が重要である、ということに注意を促した。彼の主張は、人間は伝達されてきた言葉を通して、また受け継がれてきた思考形態(その思考形態において生の問題が表された)によって世界を把握する、というものである。そのように、ガダマーは伝承の演じる役割を低く見るのではなく、解釈学的過程においてこれを必要な要素として確認したのである。彼の研究の大半は、知識のより大きな枠組みと構造に集中している。彼が考えたように、我々の生活経験の大部分は、我々が過去から伝えられたものと現在起こる新しい要求および洞察との緊張の中で得られるのである。
 そのような観察力が与えられたので、聖書の解釈と神学の歴史は、伝承の原動力に絶えず触れつつなされてきたことは驚きではない。現在の神学的な努力の多くは、多少なりとも、聖書と教会の伝統に助けられて現在の経験を解釈するという仕事をなしている。この伝承の再現は、実にいろいろなやり方で起こっている。説教、教え、いろいろな手段、芸術、ドラマなどを通じて働いている聖書の表象の力を伝承する試みは、その原動力に含まれる。信仰のテーマを思い起こして再現する礼拝の祝賀は、同じような努力を示している。旧約の伝承史研究から出された展望が、神学と教会生活にとって非常に大きな意味をもっていることは、多分正しいであろう。


【概要】
伝承史的研究の多くはテキストの解体と原題抽出に傾けられるが、そうした作業は伝統的教義に依存している教会形成に多くの疑問をも投げかけていることは確かである。ここでのラスト氏のコメントは概略的ではあるが、伝承史の在り方が教会の根幹的な営みであることをあえて認めた点がユニークといえる。



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