会衆讃美の世界
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職工の金槌で示した音階理論
宗教改革期 M.Agricolaによる



 ルターの時代の民衆は、中世キリスト教の文化的習慣から、すぐさま改革されたわけではありませんでした。ドイツ・コラールの旋律は巷にある様々な歌の引用によっていますが、宗教改革によって新しく据えられた会衆による礼拝奉仕の座は、それまで牧会の外にあった宗教的文化との対話によって成り立っていました。ドイツ・コラールは当時の教会で公認されてない、中世を通じて民衆のなかで歌い継がれた種々雑多な宗教歌に根を下ろしています。

 教会から公認されなかった宗教歌の多くは今では民謡といわれますが、最初は修道僧や騎士たちによって13世紀頃から歌われ、それが次第に都市の文化として根付いたものでした。ルターの時代には、職人の親方たちによるマイスター・ジンガーの歌会や、シュッツェン(ひよっ子)と呼ばれる子供たちが喜捨を受けながら街角で聖歌を歌う姿が見られました。ルターも学生だった頃に宗教歌を唄って喜捨を求めることをしたそうです。

 コラールの代表的な形式にバール形式(Bar form)と呼ばれるものがあります。これは13世紀のミンネジンガー(騎士道的な恋愛詩を歌った人々)が使った定型詩で、ルターの時代にはマイスタージンガーが広く歌っていました。これをドイツの宗教改革者たちは修道院の聖務日課で行われるような応答形式の讃美歌に整えたのです。(A(主題:聖書の言葉)A'(主題:繰り返し)B(信仰的な応答))この信仰問答的なレパートリーは興世を極め、16世紀中でも有名無名の詩人が万を超えるコラールの詩を提供したとされます。

 これらの点からもドイツでは公に歌う場が街の広場や路地であることが少なくなく、伝統的に胸声を太く響かせるコラール風の歌い方は野外で歌う経験が活かされているように思います。しかし響きの強い礼拝堂でこのような歌い方が良いかどうかは少し疑問が残ります。多分、改革初期の会衆はそのようなことをお構いなしに声を張り上げたかもしれません。16世紀後半の作品からは近代的な調性のようなものが表われ、ギムナジウムでの教育が行き届いていったように感じます。

 コラールのメロディに特徴的な音符を等価に並べる方法ですが、最近の曲集では比較的初版に近いかたちに戻して掲載する傾向が目立っています。これは宗教改革当時のコラールの歌謡性とダイナミズムを再現しようという試みですが、改めてドイツ・コラールの多様性に眼を見張る感じがします。特に16世紀前半と後半とでの書法の違いに驚きました。16世紀前半が中世歌謡の影響が強いのに対し、後半は既に初期バロックの近代調性の傾向が見えてきているからです。もともと等価に音符を並べる方法は16世紀末には定式化されたもので、最も有名なのはハスラーの作曲したメロディに受難の歌詞をつけた「血しおしたたる」です。多分、音符を等価に改めることで会衆のリズムが合わせやすくなることと、世俗曲の豊潤な感覚が抑えられることからきているようです。17世紀のコラール集ではほとんどのコラールが等価音符に換えられています。

 ルネサンス期の記譜法については、既に14世紀のアルス・ノヴァという音楽理論書によって、現在のもののようにリズムを正確に記す決まり事(定量記譜法)ができました。にも関わらず、実際には慣習的にリズム形を省略された記譜法も残っていたようなのです。少なくとも修道院などで歌われていた聖歌は、定量記譜法以前の楽譜を使っていたことは確かです。ルターはコラールを作る際に、宮廷で用いる言い回しや新しい技法を用いずに民衆が歌いやすい平易な言葉で作るように留意したそうです。その平易な言葉に合った旋律は、等価のリズムに置き換えることだったのか、もしくは過去の聖歌を参考に記譜法を戻したのか、という疑問も残ります。定量記譜法ができる前の音楽の演奏については、いくつか自由な配慮が許されていて、最近ではロンドーとかヴィルレーという3拍子系の舞曲に合わせて歌われることが多いです。例えば讃美歌21でいうと37番や247番のようなものです。

 蛇足ながらバッハの生きた18世紀は事情が複雑で、古いキリエライス終止を盛り込むコラールが散見されます。推察するにルター派正統主義の人たちの間で宗教改革初期の精神に戻ろうという動きもあったのかもしれません。同じ時期にヴェルクマイスターなどがオルガンの調律をミーントーンからピタゴラス音律に近いものに戻す提案をしており、バッハのフーガなどにはその影響がみられます。逆にバッハのコラール編曲は明らかにミーントーンでの解け合った雰囲気が合っています。ドイツにおけるミーントーンは16世紀末にプレトリウスの貢献により広範に行き渡ったものですが、世俗曲をルーツとするコラールには合っていますが、典礼歌をルーツとするものでは音が雲ってしまいます。ヴェルクマイスターがピタゴラス音律を選んだ背景には18世紀初頭に起きた古いコラールの復興と関係があるのではないかと思われます。

 よく言われることですが、ルターは聖歌以外にも俗謡を宗教歌に塗り替えて会衆に歌わせたように言われます。これはボヘミヤ兄弟団が既にチェコの民衆に行なっていたことで、民謡の節に教理的な歌詞を歌わせると、学のない人でも瞬く間に聖書の教えを理解したようです。ドイツでの宗教改革が始まるとボヘミヤ兄弟団もこれに合流しそれまでチェコ語で書いていた讃美歌をドイツ語に書き換えて出版します。ドイツにおいても当時の娯楽を飲み尽くすほどにコラールは盛況だったようです。ビールも栄養ドリンクのように飲まれた時代ですから、酒場で歌われる猥雑な歌は民衆に馴染みのものでした。踊りに欠かせない音楽士の数は、異教的だという理由で街の出入りを制限されてました。そういう民衆が福音説教を通じて自らの救いを信じ、こぞってコラールを歌ったのです。ルターが1524年に出した「エルフルト提要」は家庭用の讃美歌集を含んでいました。カルヴァンの詩篇歌も農民の娯楽を一変させたと言います。現在の私たちが歌謡番組を見るかわりに、讃美歌を歌うということが考えられるでしょうか?実際に宗教改革者はそのように考えていたようなのです。



◆現在におけるドイツ・コラールの受容

和声的コラールから旋律的コラールへ
 ・バッハ時代のコラール譜を基本に編集されていたのを宗教改革時代の譜面に直した
 ・フェルマータは息継ぎの記号として理解されるため省略した
 ・コラールの等価記譜法が、中世の記譜法の名残か、当時の会衆の歌唱力の問題かは不明

従来のコラール唱と異なる問題点
 ・野外か礼拝堂かというシチュエーションを吟味する必要あり
 ・元になった歌が世俗曲か典礼歌かによって旋法の扱いが異なる
 ・日本語の語幹と整合性を持たせるには従来より技量が要る

歌唱上の注意
 ・コラールのメロディを3拍子系に読替えて歌い、中世歌謡のスタイルを熟知する
 ・ジュネーヴ詩篇歌と同様に、単旋律のもつ響きの美しさを正しく理解する
 ・音符が等価に書き改められても、リズムと響きの柔軟性を保つように歌う




◆コラールのリズムの入れ替え(より効果的にメロディの流れを理解するために)
 強引にリズムをヴィルレーなどの3拍子系のものに入れ替えてみました
 ゴツゴツしたメロディにイタリア風の滑らかさが感じらるでしょうか?
 本当はフロットラなど複雑な舞踏のリズムなのですが省略します

 ルターの詩篇130(讃美歌21 160番)を3拍子のリズムに置き換えると以下のようになります。(♪MIDIファイル♪)今までゴツゴツした旋律だと云われていたルターのメロディが、実は非常に滑らかで美しい響きをもっていたことが理解できると思います。当時のイタリアやフランドルの作曲家に匹敵するメロディです。

 


 有名な詩篇46を使った「神はわがとりで」(讃美歌21 377番)を聴いてみましょう。(♪MIDIファイル♪)これも岩のように硬い好戦的なイメージというより、クリスマスに歌われるIn dulce Jubiloのような喜びに満ちた調べに聞こえると思います。(MIDIの竪琴に似た響きも味わってください)

 


 以上は13〜15世紀における歌謡形式をもとに想像で描いたものですが、ぶっきらぼうと思われているドイツ・コラールのメロディがとても親しみやすい要素を持っていたことの一端に触れられると思います。逆にP.ゲルハルトの受難コラールは、元のH.L.ハスラー作のメロディを等価音符に書き換えています。キルヒェン・リートのはしりになったP.ニコライの生き生きとしたリズム感はそのままのほうが良いようです。この辺りの17世紀には定着する会衆讃美のリズム感を巡る正統派と敬虔派の綱引きは、ドイツ・コラールの方向性に当初から複数のものがあったことも示唆しているように感じられます。あるいは等価音符に書き換えることが教会的なルールであったという解釈も成り立つかもしれません。

 ♪深き悩みより(ルター作 詩篇130)
  ルターの聖歌は修道院での経験が生かされたピタゴラス的で鋭角的な旋律が多いのですが
  下降形で少しミーントーンを織り混ぜています。2行目最初と3行目後半で音程が不安定に。
  もともと音律の並びが破綻をきたしていますが、上行音形で開放するべきところは広く取ります。
  言葉をメロディと合わせるには、かなり声が安定してなければ難しいです。

 ♪今こそ声あげ(中世のクリスマス聖歌)
  ほぼピタゴラス音律で歌っています。下降したかと思えば上行音形に救われるメロディです。
  3度下に落ち込んだ音を広く取って、上行でまた駆け込んでいく感じで歌います。
  本当は子供の声のほうが抜けの良い倍音を出せるでしょうが、雰囲気だけで歌ってます。



◆今後の課題

・老齢の会員にはドイツ・コラールがリズミカルに歌われることへの抵抗感があります。
 実際にはルターは頑固ではありましたが、音楽に関してはほぼ手放しの愛好者でした。
 この点はアウグスティヌス主義者というよりは人文主義者としての側面が強く
 コラールも本来は民衆の活気ある風俗に溶け込んだ歌だったと思われます。

・野外での歌唱に適しているドイツ風の歌い方は熟慮する必要があります。
 コラール風ともとれる胸声の強い発声は従来の等価音符には適していますが
 旋律的な楽譜に置きかえると歌いにくいという以上に破壊的な感触を受けます。
 典礼歌や世俗歌の各々に最適な音律を選び出して吟味する必要があります。

・歌詞は全体的にブロークンな印象をまぬがれないのですが、若干の工夫で滑らかな
 発音を得られると思います。むしろ上記の課題よりもこちらの処理のほうが重要で
 教理的なメッセージが歌に根付いていることを示す唯一の拠り所でもあるのです。
 その意味では厳粛さに傾きがちだった従来のコラール歌唱に対する挑戦でもあり
 それは宗教改革時代の試行錯誤をそのまま繰り返すことを意味しています。
 なのでただ歌の様式に忠実である以上に、世俗的な問題とも対峙しなければ
 本来の意図を逃すことになります。そのため現在と16世紀の世俗文化の隔たりを
 どう理解するかも大きな課題です。