会衆讃美の世界
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 ジュネーヴ詩篇歌のメロディや韻律詩は何を見本としてつくられた芸術様式であるかという疑問は尽きることはありません。実際にカルヴァンは詩篇歌の様式感に関しては「厳粛で敬虔なもの」という抽象的なコメントで終始しているうえ、実務を委ねられた詩人と作曲家は詩篇歌の作曲の背景などを自ら著すということをほとんどしませんでした。作風の美学的な観察ではよくジュネーヴ詩篇歌はドイツ・コラールを比較して、様式の統一性と滑らかなメロディを特質として挙げる人は多いのですが、ルーツを辿ると世俗曲とも典礼歌とも区別のつかないものであることが判ります。

 個人的な推察では、こうした世俗歌と聖歌の様式感の曖昧さは13世紀の北フランスで興世を誇ったトルヴェール芸術に根を下ろしていると思っています。トルヴェール歌謡は南フランスのトルバドゥール歌謡の派生にあたるのですが、恋歌を作る際にカタリ派の異端の嫌疑を避けるために、至上の愛を聖母マリアに捧げるという文芸が流行りました。つまりラテン語ではないフランス語による世俗的な宗教歌というジャンルが生まれたのです。中世フランス語で書かれた詩には押韻が施してあり、特に優れたものは桂冠詩(Canticum Cantiones)と呼ばれました。この桂冠詩の歌唱について当時の音楽理論家グロケイオは「キリエと同じくロンガで歌われる」と述べています。つまり世俗的な桂冠詩はキリエのような歌謡的な聖歌(反対は詠唱的な聖歌)と同じように緩やかなテンポで歌われたのです。トルバドゥール芸術の盛んだったアキテーヌ地方ではトロープスという、キリエのメロディに創作詩を当て込む歌謡が発達していて、このことの関連性を臭わせるものがあります。

 同じ時代の北イタリアではダンテやペトラルカが叙事詩やソネットの分野で新しい境地を開いていますが、トルヴェールとは反対の方向に移り住んだトルバドゥール(トルバドーレ)たちとの交流のなかで文芸を磨いていきます。ジュネーヴ詩篇歌の詩人であり宮廷詩人でもあったクレマン・マロはフランス語ソネットの達人で、16世紀におけるペトラルカ・ブームのパイオニア的存在でした。ソネットとメロディとはある程度定型的な結び付きがあるもので、マロの詩に組合わされるメロディの類型もペトラルカ時代に遡ることがひとつの理想になると思われます。そのときの様式として浮び上がるのがトルヴェール芸術なのです。

 またシュトラスブルクでの滞在のおりにヒントを得た詩篇歌ですが、この街も「トリスタン・イズー物語」の大吟遊詩人ゴットフリート・フォン・シュトラスブルクを擁したミンネジゼンガーの伝統が色濃い土地でした。カルヴァンがマロと出会ったフェラーラ宮廷の技巧的に飾り立てたアンサンブルとは正反対に、古来の吟遊詩人たちの優雅で滑らかなメロディをあしらったのは巡り合わせの妙ともいえるものです。カルヴァンはそこにゴシック的に飾り立てられた文様を洗い流したロマネスク芸術の洗練された香りを嗅ぎ取ったようにも思います。



◆現在におけるジュネーヴ詩篇歌の受容

ジュネーヴから分かれたふたつの伝承
 ・ルネサンス期のジュネーヴでの歌唱法は意外に判らない事が多い
 ・オランダでは韻律訳が出版され、16世紀末からオルガン伴奏が用いられた
 ・スコットランドでは逐語訳が用いられ、長らく無伴奏で歌われた
 →日本では、逐語訳でオルガン伴奏という方法が採用されている

現代の讃美歌唱と異なる問題点
 ・テンポは =144 が妥当だといわれる(これにも異論はある)
 ・教会旋法の歌い方は現在では失われた伝統である(ピタゴラス音律?ミーントーン?平均律?)
 ・日本語の歌い回しに合わせた語法はさらに異論がある(文語体?口語体?)

歌唱上の注意
 ・オルガンのハーモニーに縛られない柔らかい音律を保持する
 ・テンポは流れるように、しかもだれないように気を付ける
 ・日本語の発音では語尾や接続詞の曖昧な発音を交える



◆単旋律メロディのハーモニーの変化(ジュネーヴ詩篇歌24篇による)
 胸声によって生じる自然な4度音程をもとにしてドローンを形成する
 中世の極初期の音楽理論書にもこのアレンジは記載されている
 ペンタトニックな音階はそれ自身ハーモニーを持ち旋法的な性格を強く反映する



 ♪胸声の練習
  4度下の胸声を響かせる練習です。5度上行と5度下降では性質が異なります。
  5度上行では完全オクターブですが、5度下降は2度音程を含みます。
  録音ではファ(ド)→ドからド→ファに転回する際、発声の意識とは逆転して
  ファの音でドローンを響かせています。転回和音という考え方はできないのです。
  ルターの「深き悩みより」の出だしの5度下降は旋法の破局を意味しますが
  16世紀末には機能和声的な書法で5度下降が終止形に出てきます。
  これはメロディに伴奏の付くことが前提となった時代であることを意味してます。
  中世歌謡にはこの終止形が無いため収まりが悪い感じがしますが
  旋法的なハーモニーを考慮すると自然に響くことが理解できます。



◆ジュネーヴ詩篇歌42篇(讃美歌21 130番)の歌詞の読込み
  語幹を活かした歌い方を用いる
  接続詞はそっと置くように発音する
  言葉の韻律を意識する(語幹で同じ母音が連続する等)





 ♪ジュネーヴ詩篇歌42篇
  この歌唱では完全なピタゴラス音階ではなく下降音形にミーントーンを
  織り混ぜています。ルネサンス歌謡の折衷的な落としどころです。
  音律の話しをすると、とかく音程のコントロールで冷や汗をかくのですが
  あっさりと歌って適時修正するほうが合っているように思います。
  単純には歌毎に選ぶ音律のパレットが異なっているからです。
  決定的な事柄よりも歌と対話する姿勢のほうが有用な感じがします。
  録音では1行目に勢いあまって外し、2行目以降は目的を達しています。

 ♪ジュネーヴ詩篇歌1篇
  元の旋律はシュトラスブルクのオルガニスト ダハシュタインの作曲です。
  曲はコンドゥクトゥス(行列歌)の体裁をとっています。宗教改革初期には
  行列歌をあしらったものが意外に多いのですが、中世の聖人祝日のための
  典礼歌に創作の余地が多かったことと関連があるようにも思ってます。
  2度上行は広く、3度上行は狭く取って音律を折衷的に整えています。
  途中から小鳥がさえずっていますが、不思議とじゃまになりません。



◆今後の課題

・音律の問題は「オルガンと音が違う」と言った時点でかなり拒否反応があったが
 練習で歌う前にメロディを軽く流して指示してあげるとかなり歌いやすくなります。
 これはライン・アウトという先唱方法の応用した歌い方です。
 ただ指導するほうが事前に音律のパレットを理解していることも必要です。
 そして辛抱強く何度も練習を行なうことが肝心です。

・胸声をしっかり出せる人は10人に1人居れば会衆の声は十分支えられます。
 普通なら声が豊かに響くということで他を圧倒するだけですが、響きを繊細に
 コントロールすることで会衆全体の讃美に良い影響を与えることができます。
 ジュネーヴ詩篇歌は拍節感が薄くリードし難いが、その際、少しテンポを先取り
 することでリズム感を適切に保つことができます。

・言葉の押し引きをメロディに合わせて行なうことは、通常よりずっと根気の要る
 作業です。安易に声楽を習う人は残念ながら言葉をよくコントロールしません。
 特にメロディの尾っぽを強く伸ばして誇示する歌い方は、ジュネーヴ詩篇歌では
 旋法的なハーモニーの破壊に繋がりそぐわないので禁じるべきです。
 むしろ会衆には自分に合った声幅と丁寧な言葉使いで歌うことを勧めるべきです。